これで飯野、どうでも飯野。

毒親・女子校育ちの24歳。もうすぐ無職。麦酒を片手に好き勝手書きます。

寛永寺参拝を言い訳にして

一昨日は朝からなんとなく落ち込んでいて、寂しくって、好きな人と次に逢えるまでにはひと月近くあって、何だかなあと思いながらひとりで麦酒を飲んでいたらますます悲しくなって、ぼんやり官能小説を読んですっきりしてみようと試してみるも、うまくいかなくて余計に落ち込んだ。鬱っぽくなると、性慾も減退するんだって、精神科の先生が言っていたのを思い出す。

そしてそういうときに、ふと頭を過るのは、昔付き合っていた恋人との遣り取りだったりして、でもそれは甘い甘い言葉ではなくって、その人はいつも他人に厳しく、わたしはいつも蔭で泣いていたから、彼のきつい一言ばかりがぐるぐるぐるぐる頭のなかをめぐるのだ。
そうなると愈だめで、ただひたすらに過去の自分の行いを責め続け、同時にまた、こんなに暗くて落ち込みがちな自分を今の彼だって好いてくれるはずはないと、そう思って元気になる方向に向かえばいいのだけど、好いてくれるはずはないから死のうと、そちらに転がっていってしまうから、自分はやっぱり厄介だなあと思うのです。

本当は好きな人に一言、「さみしーよーあいたいよー」と言って、本当に時間を作ってくれなくても良いから、嘘でもいいから「はいはい、僕も逢いたいよ」って言ってくれたらなあ、幸せなのになあ。でも、昔、元彼(と付き合う前)に「『逢いたかった』なら良いけど『逢いたい』は迷惑」と言われたことがあって。それを聞いた時から、「逢いたい」なんて言ったら絶対にだめだと自分に言い聞かせてきたので、そんなこと言えない……というのをうだうだ呟いていたら、好きな人が連絡をくれた。

「電話してもいい?」と言ったらかけてきてくれて、着信音だけでどきどきして、おそるおそる「もしもし」と話しかけると、聞きたかった彼の声が耳に届いて、うれしくてうれしくて泣きそうになった。わたしは彼の声が好きだ。
暗い部屋なのに、わたしの周りだけ明るくなったように思えた。彼の声がじわじわと心に沁みて、今まで感じていた寂しさは嘘のように消える。
結局、彼は月曜日に逢おうと言ってくれて、わたしが自分のせいだと思わないように、「僕も逢いたいんだから」ってフォローまでしてくれて、ああ、有難い。わたしには勿体無いお方だ、と思ったのでした。デートの約束はうれしい。

電話を終えてリビングへ戻ると(家族がいると照れるので別室で通話していた/家の中で一番落ち着く場所である仏壇の前で、体操座りしながら)妹が「彼氏(と電話していたの)?」と訊く。どうして、と言うと「声のトーンが違う」とのこと。たしかに違うかもしれない。上擦りそうな声を必死で抑えているつもりだけれど、きっと抑えきれていないのだろうから。友達や家族と話すときはだいぶ声が低い(自分比)。

というのが土曜日の話で、だから今日はデートの日でした。彼は夜から仕事だったので、その分いつもよりは少しだけ短かったけれど、いつもより長い時間べたべたくっついていました。逢えて良かった。