これで飯野、どうでも飯野。

毒親・女子校育ちの24歳。もうすぐ無職。麦酒を片手に好き勝手書きます。

遠足の思い出

小学校の校長先生が夢に出てきた。校長先生は、いつも質の良さそうなスーツと帽子を身につけていて、髭もダンディで、字がとても美しく、全生徒の顔と名前を覚えて、誰にでも優しく声をかけてくださるのだ。

そんなわたしが校長先生のことを好きになったのは、小学校2年のときの遠足である。
わたしは低学年の頃、友達がいなかった。朝学校に行くと、ひとりでベランダの朝顔を見に行ったり、校庭で珍しい模様の石を探しては、洗ってポケットの中に詰めて教室に戻りしげしげと眺めていたりした。休み時間はずっと本を読んでいた。「ドッヂボールやろう」と言われても、「この本途中読みだから行かない」と答えてしまう子どもだった。放課後は図書館で下校時刻まで過ごし、新しい本を借りて、歩き読みしてひとりで帰るのが日常だった。

そんなわたしが愛読していたのは『はなのすきなうし』であった。わたしは競争が嫌いだし、友達もいらない。フェルジナンドのように、自分がすきなものと触れ合っていたらそれでしあわせなのだ。そう思っていたわたしを心配するのは母親であった。
母親はわたしに、「次の遠足までに、一緒にお弁当を食べる友達を作らなければ遠足に行ってはいけない」と言った。わたしは戸惑った。友達がいなくても、遠足は好きなのだ。しかしそれを言っても聞き入れられないので、何とかグループに入れてもらう為の声がけを始めた。「いーれーて」ってやつ。そのときの皆の答えを今でも思い出せる。「○○ちゃんに聞いてみてー」「もう決まってるからだめー」
結局、母親にはテキトーなことを言って遠足には出かけた。お弁当の後に、誰とも交換しないおやつ(300円以内)をひとりで食べながら、遊び回る子の姿をぼーっと眺めていた。そうして、帰ったらどういうつくり話をしようかと考えていた。

そこに声をかけてくれたのが、校長先生だった。わたしのひとつ上の学年の子達と色鬼をしているから、一緒にやろうと言ってくれた。わたしはあまり乗り気でもなかったが、誘われるがままについていった。楽しかった。誰かと遊ぶのも悪くない、と思った。

その次のときからわたしは、どうやったか覚えていないが、遠足で一緒にお弁当を食べる友達ができた。好きなおやつも交換したし、交換するために、わけっこしやすいおやつを選ぶようになった。

はなのすきなうし (岩波の子どもの本 (11))

はなのすきなうし (岩波の子どもの本 (11))

 

 でもやっぱり、今でも「友達神話」みたいなのは嫌いです。facebookのコマーシャルには苛立ちます。