これで飯野、どうでも飯野。

毒親・女子校育ちの24歳。もうすぐ無職。麦酒を片手に好き勝手書きます。

子どもはどんなに酷い母親のことも愛する、なんて神話やめてください

今朝の夢の話。
わたしは激しい憎悪を抱いて身体中がブルブルと震えていて、狂いそうな手許を定めようと勢い良く、相手の腸に庖丁を突き刺した。そして、そのまま手首を時計回りの方にぐるっと捻る。ミチミチミチ……と肉が潰れるような音がする。手を離せば反動で庖丁が跳ね返ってくる気がして、一層力を込める。その手は赤く染まっている。ゴフッという呼吸音がして、生温かい液体がわたしの顔にかかった。わたしが驚いて見上げると、口から血を吐き出している母親の顔があった。

ハッとして飛び起きて、時計を見ると6時だった。わたしが普段起きるのは6時50分。まだまだ寝られるじゃないかと思って布団に潜り込んだが、さっきまで見ていた映像が頭にちらついて仕方がない。妹は以前、「夢というのは本当は一瞬しか覚えていないもので、後は脳内で補完しているらしいよ」と言っていたが、わたしの脳は既に補完を終えたのだろうか、だとしたらいつの間に? 飛び起きて時計を見る間に? それとも、ハッ、の間で既に?
とにかく、わたしはその映像が、その感触が、そして臭いが、まだそこにあるような気がして、目を瞑ってしまうとまざまざと蘇るような気がして、目覚ましが鳴るまでぼーっと起きていた。

気分が悪くてとても朝食を摂る気にはならなかったが、母親に理由を説明するわけにもいかないので、黙って食べた。
案の定、通勤電車のなかで気持ちが悪くなった。

夢で見たのは初めてだが、わたしは、頭のなかで、母親を殺したことが何度もある。小学生の頃からだったと思う。母親に、掃除機の柄で頭を殴られたり、庖丁を突きつけられたり、首を絞められたりしたときに、同じようにして母親を殺す想像をした。殺らなきゃ殺られると思った。けれど、そんな勇気はなかった。庖丁を突きつけられた時に、自ら少しだけ身を乗り出して、血を流すくらいしかできなかった。(母親は人のことを殴ったり蹴ったりするわりに、血をものすごく怖がる人だ。)
中学生の頃は、殴られる痛みにも耐えられるようになってきていたし、少しの口答えもできるようになった。「あんたなんかいなければ」「親権を私が取る必要はなかったんだよ」と言われれば、「好きで生まれて来たわけではありません」「親を選べなくて残念です」と返した。勿論、言うやいなやものすごい剣幕で怒鳴られ、死ねと叫んで庖丁を持ってこられたので、「どうぞ殺してください、早く」と言って平然としていた。わたしが澄ましていると、母親はわたしの体型を口にした。小学生の時にはガリガリだったわたしは、成長期を迎えて肥っていた。母親はわたしのことをデブだデブだと罵り、周りに神経を遣えないから肥る、と嘲笑った。わたしは悔しくて悔しくて、涙が出た。泣きながら、殺してやる、殺してやると思った。

大学生になって、親が連絡なしに一晩帰ってこなかったとき、やっと死んだかと思って少しそわそわした。結果的には帰ってきた。職場の男と飲みに行った挙句、酔っ払ってその男の家に泊まったらしい。
後日、強制的にその男と会わされた。わたしは不機嫌だったので、真顔で挨拶だけ交わした。男と別れた後で、母親に「あの態度は何ですか」と殴られた。男と出て行ってそのまま死んでくれと思った。

ここ数年は表面上はうまくやっている。次に手を上げられることがあったら、わたしは自分が犯罪者になる前に家から逃げるつもりだ。