これで飯野、どうでも飯野。

毒親・女子校育ちの24歳。もうすぐ無職。麦酒を片手に好き勝手書きます。

友だちがいない

今日は、母校のオープンキャンパスに出かけようと思っていたのだけれど、誘った人に先約があった為に、結局行かなかった。ゼミの担当教授がお元気でいらっしゃるのか、その御姿を遠くから一目見られたら、と思ったのに、それは叶わなかった。

わざわざ出掛けようと思うぐらいだから、大学がよほど好きなのかと思われそうだけれど、わたしの大学四年間に、良い想い出はあまりない。

高校時代から仲が良かった友だちとは、二年の秋に喧嘩をしてそれっきりになった。わたしの成績が彼女より良かったことが切っ掛けだ。つまらない。そのとき、酒でお互いの気は大きくなっていた。
彼女はわたしのことを「本当は陰で勉強しているくせに、プライドが高い格好つけたがりだから、それを隠して天才のように見せている」と言った。それに対してわたしは、「こんな低レベルの大学で、必死に勉強してとった成績だなんて思われたくはない」というようなことを言った気がする。実際、わたしは、自分が入った学部の講義のレベルがとんでもなく低いことに腹を立てていたのだ。教授が学生のレベルに落とした講義をしているのがどうにも許せなかった。けれどそれを言うのは間違っていた。言った瞬間、失言に気がついたが最早手遅れだった。彼女は激昂して、わたしの性格の欠点を並べ立てた。わたしは黙って聞いていた。
翌日から、学校で顔を合わせるのがつらくなり、一緒に行動することがなくなった。

それからわたしは大体の時間を一人で過ごした。グループに入れてもらったこともあったが、どうにも話を合わせることができずに苦痛だった。仲良くしていただいていた数人の教授の研究室に遊びに行くこともあったが、ゼミ生の視線が突き刺さるようでつらくなり、結局喫煙所にこもるか、図書館で寝ているかしていた。
一人でいること自体は何とも思わないが、「あの子、いつも"ぼっち"だよね」と思われるのはなかなか嫌なものがある。
人気のない講義ばかりを選んで受けて、知り合いの目にとまる前に帰った。(今日も一日誰とも話さなかったな)と思う日が続いた。街で声をかけてくるセールスのお兄さんと話すことさえ少しうれしくて、買う気もないのに延々と喋ったりした。あやしいおじさんにナンパされたらついて行った。

小学校高学年から高校時代まではそれなりに友だちが多いほうだった。毎日学校が楽しくて楽しくて仕方なくて、朝から夕方までぎゃーぎゃー騒いでいて、目立つことが好きで、生徒会や委員会でわいわいやるのがわたしだった。
でも、大学時代に一度躓いたら、友だちを作れない自分が本当の自分のような気がしてきた。幼稚園、小学校低学年の頃は友だちがいなかった。作る必要性も感じなかったし、ひとりの方が気楽だった。わたしは元来、人間関係を構築することができない人間なのだ、と思った。

世のおじさんたちの中には、「大学時代の友だちが一生の友だち」「人生のなかで大学時代が一番楽しい」と言うひとが多くて、それを聞く度にずーんとした気持ちになる。先日、結婚式に呼ぶひとがいないと書いたのも、大学時代の友だちがいないからだ……いや、高校までの友だちとも、今では殆ど連絡をとっていないし、これからとろうとも思わない。
でもね、美輪明宏の著書には、『本当の友人というものは一生に一人か二人できるかできないかのもの』って書いてあるの。そういうものかもしれないなあって思う。