これで飯野、どうでも飯野。

毒親・女子校育ちの24歳。もうすぐ無職。麦酒を片手に好き勝手書きます。

脳内会話

今夜は、バンドを一緒に組んでいた女の子と、食事の約束をしていた。

バンドを抜けるということを、彼女には直接告げぬまま脱退してしまって申し訳ないと思っていたので、一言挨拶をするつもりだったし、もっと楽しい話もしたかった。彼女の食べたいものを訊いて、店の予約をした時点では、楽しみにしていた。
けれど、今日になって段々と憂鬱になってきて、そんな気持ちに比例するかのように仕事が増え、更にはミスをしてしまって、その解明の為に時間を費やさねばならなくなった。予約していた時刻には間に合わないだろうことが予測できたので、彼女と店の双方にキャンセルの連絡を入れた。

電話を切って一息ついたとき、自分が明らかに安堵していることに気付いた。自分の都合でドタキャンしておいて、申し訳ないと思うよりも、ほっとした気持ちの方が強いのだ。
それは、彼女との間に上るであろう話題が悉く、今のわたしが触れたくないものであったからなのだけど、それは彼女に非があるわけではない、寧ろ、わたしがすべて悪い。

わたしは、事前から決まっている約束が苦手だ。例外は仕事とデート。仕事は、急に入ると腹が立つし、デートは、事前に決まっていなければ十分に心の準備ができない。(と言っても、急に逢いたいと言われれば、喜び勇んで飛んで行くと思う。)
けれど、友人や知り合いとの約束は、前日に決まるのが丁度良い、と思っている。当日でも全然構わないのだけれど、空いていないときも多いし、ダサい服を着ていたり化粧を疎かにしているときもあるので、前日ぐらいが丁度良さそうだ。
わたしはおそらく、人に会う前に十分に準備をしすぎる傾向にある。といっても、お店の予約や、一日の流れを考えておくのではない。(と、堂々と言って褒められることでもないけど。)その人に会う前に、相手との会話をシミュレーションしてしまうのだ。

わたしは、昔友だちがいなかったせいなのか、唯の空想好きかわからないが、自分の脳内で、誰かと会話する癖がある。それは自分自身であったり、実在する人物だったりする。寧ろ、架空の人物は少ない。
会話といっても、きちんと台詞があるのは自分の側だけで、相手から返ってくるのは、言葉になるようでなりきれない、概念のようなものだ。その概念や感覚にこちらは、またきちんとした言葉を返す。
文字に起こすと何だか頭がおかしい人間のような気がして、自分のことが不安になってくるけれども、幼少時から、ごく自然にしていたことだったので、おかしいことなのかもわからない。こんなことを誰かに話したこともないので、自分の感覚がうまく伝わっているのか、そして他のひともすることなのか、それすらわからない。

ともかく、わたしは事前に彼女との会話をしてしまったせいで、そしてその会話が自分にとって苦痛なものであったせいで、会うことへの気持ちが薄れてしまったことは否めない。都合よく仕事の理由がついて良かった、などと思ってしまった自分がとても醜く思えて、それで暫く落ち込んでいる。

と、ここまで書いて気付いた。
脳内で会話をシミュレーションするようになったのはおそらく、母親が求めている答えを、必死で考えていたからだ。母親の意に沿う答えを導き出さなければ殺される、という恐怖が、幼少時から最近まで常にあった。用意した幾つもの答えを、ひとつずつ脳内で検証して、より正解に近そうなものを取り出しておずおずと差し出す。それが、母親の前でのわたしだった。