これで飯野、どうでも飯野。

毒親・女子校育ちの24歳。もうすぐ無職。麦酒を片手に好き勝手書きます。

同窓会ノリより合コンノリの方が深刻かもしれない

昨日は、小学校からの同級生の結婚式だった。
勿論、東京に出かけていたわたしは呼ばれていない。そのくらい浅い仲ではあるが、Facebookにどんどこ写真が上がってくるので否応なしに目に入る。本人が写真を上げる前に、出席した友人らがタグ付けして発信してしまう構図は、正直どうなのだろうと思わないでもないが、それが当たり前になっているのだから、世間的にはあまり問題視されていないのだろう。
同級生は小学生のころから可愛かったが、ますます美人に成長していき、ウエディングドレス姿も、今まで見た中で一番に美しかった。わたしが同じドレスを着たら……と想像して悲しくなる。わたしは白無垢がいいなあ。綿帽子が可愛いと思っていたけど、折角結うなら角隠しの方がいいかなあ。

同級生たちがいっぱい集まって撮った写真の数々を見て、わたし思った。こんなに誘う人いないよ……いや、高校時代まで遡ればいなくもないけど、何だか気が引ける。本当に呼びたい人は小中高大の恩師、でもそれこそご迷惑になるから呼べないわ。
そのうえ、Facebookで素人が撮った写真を拡散されるなんて、ああ、考えただけでもちょっと。撮った写真は直接データで下さい、って感じ。写りがいいのだけ選びたいから(笑)

というかそもそも、あんまり私生活を公開したいタイプではないので、『結婚しました!』とか大々的に書きたくない、できれば知られたくないんですよ。ブログは半匿名だからいいんであって。
Facebookもそもそも本名でやってないし、結婚したからって名字を変える気もなければ、引越しても住所教える気もないし(そういう意味では、年賀状の習慣がなくなりつつある現代は望ましい状態)、更に言うなら死んでも知らせたくないですね。これは遺族の手に委ねられるからどうしようもないけど、友だちはいないことになっているので、今のところは大丈夫でしょう。

この人には、と思う相手には自分の過去やら何やら何でも知ってほしい気になって、いろいろ語ってしまうのだけど、その他大多数の人間には何にも知られたくない。そういう振れ幅のポイントが、わたしにはいくつかある。自分でも把握できていなかったりするけれど。

というわけで、わたしは結婚しても報告はしないし、友人の結婚式にも出ません。はっきり言います、出ません。誰か一人出てしまうと収拾つかないので出ません。(と言いながら、出なければならないときも出てくるんだろうけど、何とか回避したい。)
祝いたくないとか、見たくないとか、そういうつもりではないけれど、あんまり他人の人生に深入りしたくない、いや、違うな、中途半端に足を踏み入れたくない。これから何年か、うまくいけば何十年か続くかもしれない新たな生活への最初の一歩になる儀式に、同窓会ノリでのこのこ出かけていくっていうのがどうにも、気が重いんですよ。考えすぎなんでしょうけれど。