これで飯野、どうでも飯野。

毒親・女子校育ちの24歳。もうすぐ無職。麦酒を片手に好き勝手書きます。

ママゴト遊びの虚しい部屋で散らかる愛の残骸は偽物

別れたひとから話をしたいと連絡があったので、部屋で待ち合わせた。
お帰り、と言われて、ただいま、と返して、何もなかったかのようだなあと思いながら、ソファーに腰掛けて、だけどどうすればいいのか判らなくて俯いて黙っていた。彼も少し離れて腰掛けた。ああ、彼のにおいだ、と思う。彼が死んだら、等身大で同じ重さの人形をつくろうかと思ったことがあって、顔の造形やある程度の触感はオリエント工業的なところで何とかなるんじゃないかと思っていたけど、いちばん大切なのは、もしかしたら、においなのかもしれない。
おそるおそる彼の顔を見れば、こんなに白かったっけ、と思われるほどに白かった。血色が悪いのか。髭が綺麗に剃られていて、いつもなら顔を撫でまわすところだけれど、今日はしない。

彼は、引き金となった自分の一言が何であったのか知りたいようだったけれど、わたしは最後まで言わなかった。というのは、彼がそれについて謝罪と弁解をしたところで、結果が変わるわけでもなし、わたしは彼の一言でたしかに別れを決意したのであるが、その一言について特に腹を立てて今も怒っているという訳ではなく、ただその言葉のみを取り出しても特に意味がないと思えたからだ。しかしそれを話すくらいなら、一言教えたら早いのにと思われてもと考えて黙っていた。

彼は、「このまま別れたら、喧嘩別れのようで変な気がして」と言った。
たしかに、わたしたちは喧嘩別れではなくって、最後に会ったのは、一緒に旅行するはずだった三連休の前日、みんなでバンドの練習をした時で、その日は、数週間後にこうなることを予測していなかった。だから、「喧嘩もしていないし怒ってもいないよ」と伝えた。

彼は、「僕のこと嫌い?」と訊いた。ううん、と首を振った。
「僕たち、友だち?」と訊いた。うん、と首肯いた。
「ひとつだけお願いがあるんだけど」と言われて、なに、と訊いたら、「いや、ひとつだけじゃないかもしれない」と言い出した。黙っていたら、「月に一度だけでいいから、食事に行こう」と言われた。どちらかがもう辞めようと言うまででいいから、と。
なんだそんなことか、と思った。だって、この三年半、わたしたちは週三日、四日と会っていたのだ。彼と最初に出会ったときには、「週一でいいから会って」と言われたことも覚えていて、それが、月一か。
でも、わたしはそこまで彼を追い詰めてしまったのかと思ったら悲しくなって、そうして彼の顔を見たら、洟が出るほど泣いているのであって、わたしはとても悪いことをしたような気持ちになった。

一応の結論を出したら、彼はすぐに帰ろうとして、だけれどもう帰るの、と引き止めてもどうしようもないから、部屋に残された楽器を持ち帰ってもらうことにした。沢山の楽器があってもわたしには使いこなせないし、他人の物を売るのもなんだか気が進まないのだ。
楽器をいくつも抱えて彼が出て行くと、やっぱりなんだか少し部屋が変わってしまったような気がして、ああ、終わったんだなあと思う。

これからわたしは仕事帰りに少しずつこの部屋を空っぽにして解約するところまでを一人でしなければならなくて、そういう現実的なことを考えて、少し嫌になった。冷蔵庫とか洗濯機とか電子レンジとかこたつとかテレビとかBDデッキとかソファーとか、まだ1年半しか使っていないので誰か引き取って欲しい。業者に連絡して来てもらうのも面倒だし、オークションはもっと面倒。
取り敢えずは、箱買いしてしまった缶ビールを早いところ消費しなくては。それが一番楽な作業だけれど。

ANOTHER STORY(CCCD)

ANOTHER STORY(CCCD)

 

 中学生の頃、MDに録音して繰り返し聴いた。