これで飯野、どうでも飯野。

毒親・女子校育ちの24歳。もうすぐ無職。麦酒を片手に好き勝手書きます。

ぎゅーいんば、しょっく!

先日、妹の学祭に出かけた日のこと。

妹の大学の近くにはんまい廻転寿司があるので、親と二人でたらふく食べて、お決まりの生中も飲んで、帰りのバスの中では(嗚呼、お魚たちがおなかの中で泳いでる……)と思いながら爆睡。親も爆睡。
そもそもわたしは、寿司を食べたかった為に、妹に会えない妹の学祭に行ったんですよね。あはは。廻転寿司のわりにはネタも大きいし、んまいんです。因みに、二十歳過ぎてからは食欲が落ちて人並みになりましたが、わたしが高校生の頃は、親と二人で50皿食べたことがあります。あ、茶碗蒸しと貝汁の分の皿も含めてなので、純粋に寿司なのは46皿、一人あたり23皿、殆どが1皿2貫ずつだから46貫……食べ過ぎ(笑) その頃は、夏場に親と二人でお素麺10束食べたこともあるし……食べ過ぎ……あの時はさすがに暫く動けませんでしたね。まあ、今は人並み、なので、今日の寿司も二人で20皿。半分以下になった(笑) え? まだ食べ過ぎですか?

おなかいっぱいだったはずのわたしたちですが、バスに揺られて眠っている間に落ち着いてきまして(親痩せています。)それでもがっつり夕飯というまでは食べられないので、取り敢えず飲もうという話になりました。わたしが平日も休日も朝も夜も関係なくアルコールばかり摂取しているのは、確実に親から受けた影響です。
そこで、わたしが仕事帰りに何度か出かけて気に入っている、クラフトビールのお店に連れて行くことにしました。そのお店で開催中のイベントが気になっていたからで、親と行けば飲み代がタダ!という邪心です。

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じゃーん。ドイツビール飲み比べセット。これが飲みたかったの。
わたしは、一番右のシュレンケルラという麦酒が気に入りました。すっごくスモーキーなの。口に含むときの薫りだけで、燻製のチーズを食べている気分になれるので、ダイエットビールになるかも(ならねーよ)。味は何だか甘いというか、フルーティーな感じがします。

親とあーだこーだと麦酒の感想を言いながらピクルスをつまみ、カウンターで店員さんとお話ししながら楽しい時間を過ごしました。親も「良いお店だねー」なんて言ってくれたので、うれしかったです。だって、気に入らない店の会計をしてもらうのは気が悪いじゃない(笑)
で、いざ店を出ようとすると、先ほどカウンターでお話ししていた店員さんが階段を降りてきて、「ありがとうございました!」と。はあ、丁寧ねえ、と思っていたら、わたしの顔を見て、「他の店員から聞きましたけど、前にも来て頂いているみたいで……! いつもありがとうございます!」と深々お辞儀されまして。

おい。それ今言うことちゃう!!!

親がわたしの顔を見ながら「そっか、いつも帰りが遅いのはそういうことだったの」って、違う、違うんだ、僕は、僕は……!!!!
まあ、何とかへらへらごまかして帰りましたけれども。あぶねーよー、ていうか覚えられてたのか、いや、そこそこ大きい店だし、数回しか行ってないし、そんな目立つ客か、わたし……? と思ったけど多分、奇抜な服装の20代女がひとりでこれはんまいこれは違うとブツブツ言いながら麦酒何杯も飲んでたら覚えるよな、わたしだったら覚えるもんな……

というわけで、飲食店で無闇に「いつも有難う」と言うのは危険です。逆に、数年前に一度来ただけなのに「俺常連でさあ」って、お連れ様に威張っている方もいらっしゃいますけど。まあ、その時は「そうなんですよ、有難うございますう(にっこり)」ですけど。

セックスとお酒とそれから言葉

人はみんな語りたがりなのだ。
バーカウンターに座るお客様方は皆様よくお話しになります。思い返してみれば、わたしが性的なお仕事をしていたときにも、2時間、3時間、ただわたしと話すだけにいらっしゃったお客様が何人もみえたものです。その時には何だか申し訳ないような気がして、でも彼らは、本来のサービスを受けたときよりも、すっきりとした表情をして帰っていくのでした。身体を重ねて、お互いの体温を、そしてにおいを知ると、さも、相手のすべてをわかったような錯覚に陥ることがあります。実際、その行為によって物理的な距離も、精神的な距離も近付いてはいるけれど、やっぱり、それだけでは足りないのです、多分。

セックスもお酒も、人を大胆にします。
いつも引っ込みがちな自分のこころが出て行くのにはぴったりな道具です。でも、そこにもやっぱり偽りがあるなあと思います。ベッドの上でも、お酒の場でも、絶対「カッコつけている自分」が、発する言葉の端々に現れてくる。一見して丸裸になっているようで、相手に良く見られたい自分がこれほどまでに出てくるときは、他にないような気がします。いや、丸裸になった恥ずかしさから、それを取り繕ってしまうのかも。
でもね、それこそがそのひと、なのでしょうよね。「カッコつけている自分」って、自分が意識している、いないに関わらず、相手にはバレているんです。傍目から見たら、はっきり言ってダサいです。でも、そのダサさが愛おしいし、それを慈しむのが、相手を理解する一歩なのでしょう。

人はみんな理解されたがりなのだ。
本当に誰かを理解すること、自分を理解してもらうことは難しいことです。不可能だと思っています。よく知っているはずの自分でさえ、自分のことを理解できないのです。ましてや赤の他人のことなんて理解できる訳がなくて、それでもわたしたちは言葉を尽くして、相手に共感を求め、励ましてもらったり、慰めてもらったり、話を聞いてもらうだけでも救われた気になったりして、一日一日を乗り越えていく。

わたしがこうしてキーボードを叩いている時にも、なるべく丸裸になろうと努めてはいますが、だいぶ「カッコつけている自分」が出てきているはずで、それを、読んでいる方々は感じ取っているはずです。さぞダサいことでしょう。えへ。
でも、更新したら誰かが読んでくれて、☆つけてくれて、コメントくれて、「文章好きだよ」って言ってくれるひとも偶にいて、そうでなくともアクセスがあるだけで、何だか励ましてもらってる気になるんですよね。ビョーキっぽいけど(笑)

言葉でなくとも、音楽や絵や演技や、自分を表現するものはいろいろあると思うのだけど、わたしにとっては言葉が一番しっくり来るし、誰かの言葉を聞くのも読むのも好きなんです。だから、ずっと言葉を大切にしたいなあと思います。

と、言いながらもわたしは、昔から自分の文体に悩んでいてね、なんていうかこう、わたしらしさっていうのがあんまりないような気がして。いろんなひとのブログを読んでいると、どんな記事でも一発で、このひとだ! ってわかる人が結構いるのよね。良いなあと思います。

死んでしまう系のぼくらに

死んでしまう系のぼくらに

 

最近この詩集を買いました。小学生から高校生の頃まで、わたしは詩を書きためていたけど、今では書けません。書き方を忘れました。
高校生の頃は穂村弘がすきでした。久し振りに詩というものを味わっています。でも、最果タヒさんの詩は、詩というのかな、いや、そもそも、詩って、何をもって詩って言うんだっけな。

寛永寺参拝を言い訳にして

一昨日は朝からなんとなく落ち込んでいて、寂しくって、好きな人と次に逢えるまでにはひと月近くあって、何だかなあと思いながらひとりで麦酒を飲んでいたらますます悲しくなって、ぼんやり官能小説を読んですっきりしてみようと試してみるも、うまくいかなくて余計に落ち込んだ。鬱っぽくなると、性慾も減退するんだって、精神科の先生が言っていたのを思い出す。

そしてそういうときに、ふと頭を過るのは、昔付き合っていた恋人との遣り取りだったりして、でもそれは甘い甘い言葉ではなくって、その人はいつも他人に厳しく、わたしはいつも蔭で泣いていたから、彼のきつい一言ばかりがぐるぐるぐるぐる頭のなかをめぐるのだ。
そうなると愈だめで、ただひたすらに過去の自分の行いを責め続け、同時にまた、こんなに暗くて落ち込みがちな自分を今の彼だって好いてくれるはずはないと、そう思って元気になる方向に向かえばいいのだけど、好いてくれるはずはないから死のうと、そちらに転がっていってしまうから、自分はやっぱり厄介だなあと思うのです。

本当は好きな人に一言、「さみしーよーあいたいよー」と言って、本当に時間を作ってくれなくても良いから、嘘でもいいから「はいはい、僕も逢いたいよ」って言ってくれたらなあ、幸せなのになあ。でも、昔、元彼(と付き合う前)に「『逢いたかった』なら良いけど『逢いたい』は迷惑」と言われたことがあって。それを聞いた時から、「逢いたい」なんて言ったら絶対にだめだと自分に言い聞かせてきたので、そんなこと言えない……というのをうだうだ呟いていたら、好きな人が連絡をくれた。

「電話してもいい?」と言ったらかけてきてくれて、着信音だけでどきどきして、おそるおそる「もしもし」と話しかけると、聞きたかった彼の声が耳に届いて、うれしくてうれしくて泣きそうになった。わたしは彼の声が好きだ。
暗い部屋なのに、わたしの周りだけ明るくなったように思えた。彼の声がじわじわと心に沁みて、今まで感じていた寂しさは嘘のように消える。
結局、彼は月曜日に逢おうと言ってくれて、わたしが自分のせいだと思わないように、「僕も逢いたいんだから」ってフォローまでしてくれて、ああ、有難い。わたしには勿体無いお方だ、と思ったのでした。デートの約束はうれしい。

電話を終えてリビングへ戻ると(家族がいると照れるので別室で通話していた/家の中で一番落ち着く場所である仏壇の前で、体操座りしながら)妹が「彼氏(と電話していたの)?」と訊く。どうして、と言うと「声のトーンが違う」とのこと。たしかに違うかもしれない。上擦りそうな声を必死で抑えているつもりだけれど、きっと抑えきれていないのだろうから。友達や家族と話すときはだいぶ声が低い(自分比)。

というのが土曜日の話で、だから今日はデートの日でした。彼は夜から仕事だったので、その分いつもよりは少しだけ短かったけれど、いつもより長い時間べたべたくっついていました。逢えて良かった。

男子学生の考えていることはよくわからないので苦手

妹の大学祭に遊びに行ってきましたの。
とは言え、事前に親に「迷惑だから、妹(及びその友達)に声をかけたらダメよ」と言われていた挙句、妹が持ち場を離れているときを狙って学部のブースに連れて行かれたので、妹には会えませんでした。残念なのだ……
どうしてわたしが声をかけるだけで迷惑になるのでしょうか。変な格好のお姉さんと思われないように、きちんと妹の体面を保てるように普通の服を探して着ていったのに。。

16年間女子校で育ったわたしとは違って、妹は大学生になってから共学環境に身を置きましたので、活躍する男子大学生の姿を多く見ることが出来ました。男子のそういう姿は、わたしにとってはとても新鮮です。
わたしは男子学生というものを、電車の中でしか見たことがないのです。友達から、「素敵な彼を探しに行こうよー」と他校の学祭に誘われたことは何度かありましたが、その頃のわたしは、同い年ぐらいの男子がとても苦手だったので、足を運ぶことはなかったのでした。実を言うと、今でも、同世代はあまり得意ではありません。なので、異性のお友達は30代が多いし、制服デートというものも一度だけ、それも卒業間際になって、慌ててしてみたという次第で。(一度くらいはやってみたかったのです。)
しかし、妹の大学は共学といえども、女子学生の方が多い学校なので、女子を目当てにやってくる他校の男子大学生というのもたくさんいらっしゃるのですわ。そういう類のひとは、大声で品評会を開いているので、本当に気持ちが悪くなります。妹も、「受付の子は可愛いけど(妹含め数人が受付を担当していた)中に入ったらブスばっかりでがっかりした」と面と向かって言われたそうです。何様のつもりなんでしょう。

わたしの大学での学祭は、毎年ミスコンがありまして、フェミニスト教授がよく怒っていたのですが、それに出場するのを楽しみにしている学生もいるために、廃止されずに残っております。正直、わたしはあまり好きではありません。ヘアメイクをしてもらって、ドレスを着せられて、ステージに立つ姿は華やかでとっても良いですが、ステージの下では、他大の男子学生による、ものすごく粗野な言葉での品評会が行われています。ステージの上に立つ女の子には聞こえているのかいないのかわからないけど、とても一緒になって見る気分にはなれません。そのくらい、聞いていて嫌な気分になる言葉ばかりが飛び交うのです。
普段は女子学生及び教職員しか入れない大学に、乱暴な男子学生ばかりがドカドカと踏み込んでくる母校の大学祭は、あんまり好きではなかったなあ。幸い、わたしが所属していた部活は陰キャラ的な雰囲気を醸し出していたので(笑)、そういった方々がいらっしゃることはありませんでしたけれど。

妹の学祭に話を戻しますと、一部の男性の言動を除けば、とても楽しむことができました。女子大と共学大の開放感の違いも知ることが出来ましたし。国公立大はまた、雰囲気違うんだろうなあ。
わたしもつい最近まで大学生だった感覚があるのに、歩いている子たちと装いというか趣というかが違う……まあ、単に老けたということなのでしょう、本物の大学生と並んだら、わたしもしっかり歳を重ねてしまっているわけで、若々しさが足りないなあと少し落ち込んだり。普段、自分はまだまだ若い気でいるもので、事実を突きつけられたような気がしたのでした。嗚呼。

遠足の思い出

小学校の校長先生が夢に出てきた。校長先生は、いつも質の良さそうなスーツと帽子を身につけていて、髭もダンディで、字がとても美しく、全生徒の顔と名前を覚えて、誰にでも優しく声をかけてくださるのだ。

そんなわたしが校長先生のことを好きになったのは、小学校2年のときの遠足である。
わたしは低学年の頃、友達がいなかった。朝学校に行くと、ひとりでベランダの朝顔を見に行ったり、校庭で珍しい模様の石を探しては、洗ってポケットの中に詰めて教室に戻りしげしげと眺めていたりした。休み時間はずっと本を読んでいた。「ドッヂボールやろう」と言われても、「この本途中読みだから行かない」と答えてしまう子どもだった。放課後は図書館で下校時刻まで過ごし、新しい本を借りて、歩き読みしてひとりで帰るのが日常だった。

そんなわたしが愛読していたのは『はなのすきなうし』であった。わたしは競争が嫌いだし、友達もいらない。フェルジナンドのように、自分がすきなものと触れ合っていたらそれでしあわせなのだ。そう思っていたわたしを心配するのは母親であった。
母親はわたしに、「次の遠足までに、一緒にお弁当を食べる友達を作らなければ遠足に行ってはいけない」と言った。わたしは戸惑った。友達がいなくても、遠足は好きなのだ。しかしそれを言っても聞き入れられないので、何とかグループに入れてもらう為の声がけを始めた。「いーれーて」ってやつ。そのときの皆の答えを今でも思い出せる。「○○ちゃんに聞いてみてー」「もう決まってるからだめー」
結局、母親にはテキトーなことを言って遠足には出かけた。お弁当の後に、誰とも交換しないおやつ(300円以内)をひとりで食べながら、遊び回る子の姿をぼーっと眺めていた。そうして、帰ったらどういうつくり話をしようかと考えていた。

そこに声をかけてくれたのが、校長先生だった。わたしのひとつ上の学年の子達と色鬼をしているから、一緒にやろうと言ってくれた。わたしはあまり乗り気でもなかったが、誘われるがままについていった。楽しかった。誰かと遊ぶのも悪くない、と思った。

その次のときからわたしは、どうやったか覚えていないが、遠足で一緒にお弁当を食べる友達ができた。好きなおやつも交換したし、交換するために、わけっこしやすいおやつを選ぶようになった。

はなのすきなうし (岩波の子どもの本 (11))

はなのすきなうし (岩波の子どもの本 (11))

 

 でもやっぱり、今でも「友達神話」みたいなのは嫌いです。facebookのコマーシャルには苛立ちます。

ねじれる蛇腹、こじれる関係

うちの職場は、超超超少人数、というか、上司とわたししかいない職場なんです。と言っても、縁故採用ではなく試験と面接受けて入ったのですけど。わたしが入った時には他の従業員がいたのですが辞めてしまわれて、それから人員補充をされないというブラック。いや、トータルで考えれば特にブラックでもないですし、わたしも気兼ねなくバンバン休んでます、当然怒られます、が、そんなこと知るか。納期には間に合わせているし、ひとり休んだら回らない職場という状況がおかしいのであるし、わたしは上司のことが好きではない。

そう、わたしは上司のことが好きではないのです。
だから最近は珈琲も淹れてやらない。自分だけが水分補給するといやらしい気もするから、わたしは昼休み以外は水分を摂らないし席も立たない。上司は渋々セルフで淹れております。まあ、月22日前後のうち、18~20日は外に出ているので、残りの2~4日ぐらい、自分で淹れなすってもいいんじゃないでしょうか。
普段は挨拶と業務連絡のみ。私語は一切話しません。と言っても、雰囲気が特にぎすぎすしている訳ではないのです。しかし、お互い、とにかくメモでの遣り取りが多い。口頭で話したくないんですね……
基本的に上司は、職場内に持ち帰った仕事、また、職場内で発生した仕事の凡てをわたし任せにしています。わたしが入る前は、前任者に丸投げだったようです。だから、何を訊いても判らないし、「自分で調べて」の一言。前任者との引き継ぎがひと月で、最低限のことだけ身に付けるのが精一杯だった新卒の頃は疑問ばかりでしたが、何とか過去のデータと照らし合わせてやってきました。

そんなうちの職場の朝は、掃除から始まります。掃除は二人で、職場の外と中を交代でやるのですが、ある日、掃除機の蛇腹ホースが裂けかかっていることに気が付きました。しかし、そこで何か言うのも面倒だし、どうせ翌日は上司が使うので気がつくだろうと思って放置したのがひと月前。
が、ひと月経っても上司が気がつくどころか、蛇腹はどんどん裂けて、もうあと2センチぐらいで断ち切れるところまで来てしまったのです。掃除機片付けているときに、ホースがぱっくり口を開けたら気が付きますよね普通……それでなくとも、吸い込んでいるときにひゅーひゅー空気が漏れる音しているのに……このひと月は掃除の意味が無い掃除の儀式をしていたのです。
きっと、上司も気がつかない「振り」をしているだけで、わたしがどう出るかを待っているに違いありません。だって気がつかない訳がないもの。

そこでわたしは考えた。

  1. このままブッ壊れるまで放置
  2. 今気がついた振りをして上司にお伺いを立てる
  3. 何も言わず直しておく

1.は、自分の番で壊れたら上司に話しにくい(爆弾ゲームなのか、これは?)から、2.か3.しかない。結局、上司と話したくないわたしは3.を選びました。壊れていることに気がつかない(振りをする)上司ならば、修繕したところで気がつきはしないだろう。
わたしは早速東急ハンズへ行き、蛇腹補修用テープを買って、翌日、上司の留守中にぐるぐると巻きつけました。少々カタチが歪になったけど、これで文句を言うくらいなら新しいのを買ってください。(因みに上司はドケチ男です。)
ここまでして、ケチな上司に文句を言われたくないので、702円は自腹です。

そして修繕してから1週間経ちましたが、上司は何も言ってきません。本当に気がついていないのか、わたしと話したくないのか、不明……
まあ、そんな職場でも何とか業務は回るのです。冷め切った夫婦ってこんな感じなんでしょうか。

前髪垂らした知らないヤツが

行ってきたんじゃ、塗糞祭!!!

卓球のついーとに騙されて(笑)まんまと当日券買って入ったよー! いや、今日はたまたまバーのバイトがなくなったもので、ラッキー。折角だから誰か誘おうと思って、でも、電気に誘うんならあいつしかいない! と思って誘ったのはケロリン桶のアラフォー男。(ケロリン桶 - これで飯野、どうでも飯野。

「電気行くぜ!」つってテンション上がって踊り狂れるやつはこのひとしか知らないんだもの! きみはわたしのことどう思ってるか知らないけど、音楽だ、音楽だ、恋愛なんぞここは一旦差し置いて音楽だ、どうだ行くか行かないか! というテンションでメールしたら「行く行く!」ってそりゃそうや、きみはそういうやつや!!!
そういうわけで職場を定時ぴったり退勤、自転車盛り漕ぎ、電車乗り継ぎやってきたんはZepp名古屋。
入ったら全然ガラガラじゃないやん。真ん中の柵手前にいたので、後ろの方はわかりませんが。だがしかしこれ以上ギッチギチだったら躍れりゃしないよ。わたしの周りは激しく躍ってんのが3人、うち2人はわたしと友人でございます。もうね、わたしの前の男のひとは超背が高くて壁だしね、ステージ上のメンバー見えないんよ。折角のゲストのCMJKスチャダラパーもまりんも首傾げてジャンプしてやっと見えるか見えないかです。そしたら躍るしかないっしょ。ひたすら躍るしかないっしょ。

電気グルーヴを知ったのは、中学生のときに、区の図書館にたまたまCDが置いてあったのが切っ掛け。ケツメイシとあわせて借りたのを覚えてる(何その組み合わせ)。その頃は丁度、フリッパーズ・ギターにはまっていた時で、(2004年頃の話/時代の流れからしたら超遅)電気聴いてなんだこれ、と思うんだけどそれからすぐに、友だちに洗脳されてV系バンドに傾倒していくのでそれで終わり。
次に聴いたのが高校3年。バンギャルを上がって(母親に音源類全て捨てられた)、聴くものがなくなってTSUTAYA行ってジャケ借りしたのが『J-POP』。ええやん、と思ってそれから何枚か借りるんですが、その後すぐにできた彼の影響でAcid Black Cherry とアニソンを聴きまくり、別れ、その次にできた彼氏の影響でKREVAやらHALCALIやらスチャダラパー(そしてあんまり好きでないHilcrhyme)を覚え、そのときに電気も触るんだけど深入りしないうちにまた別れ、次のひとに戸川純平沢進ヒカシュー原マスミを教えてもらって別れ、今に至ると。

周りに影響されやすいのがバレバレ。いやあ、笑っちゃうねーはっはっは。でも今回行ってみたら、結構知っている曲が多くて楽しめました。行ってよかった、ほんとによかった。
2時間半のうち、半分くらい小芝居と漫才だったような気もするけど(笑)でもちゃんと音と映像で仕事してきましたよ感出てました(笑)楽しかったーーー!

/^o^\フッジッサーン フッジッサーン \\(^o^) タカイゾ (^o^)// タカイゾ /^o^\フッジッサーン