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これで飯野、どうでも飯野。

毒親・女子校育ちの24歳。もうすぐ無職。麦酒を片手に好き勝手書きます。

大晦日、敢えて振り返らない1234文字

気がついたら前回の更新から1ヶ月以上経っておりました。飯野です。

ちゃんと、前回からデートもしましたよ!!
12月18日、近年稀の積雪を観測した名古屋を脱出して、のろのろ運転の新幹線に乗り東京へ。と言っても、何かを書けるほどどこにも行ってないというか、ずっとお布団の中でべたべたくっついてました、と言うと何だか生々しいでしょ? でも本当だもん仕方ない。えへ。お揃いのベスト着て手つないでカップル撮りもしてたのしかったのです。はい。

この1ヶ月はいろいろありすぎて、時間はあるのに何かを書く気力もなかったのです。
ついったーを見ているひとはご存知かと思いますが、今、わたしは休職しています。仕事に行けなくなり1週間、悩んだ末に、夏にかかった精神科にもう一度出向いたところ、「暫く休まないと鬱になる」と言われて診断書をもらい、一筆添えてそのまま書留で職場に送りました。郵送は、主治医の勧めです。夏にも本当は診断書をもらっていたのに、それを手渡しできず休まずここまで来てしまったので、それなら郵送で送ってしまいなさいと言われたのでした。

だがしかし、上司からの連絡がない。
一応、そういうことも考えて、書留にして送ったので受け取られていることはわかっているのですが、ひと月経とうとする今になっても何の連絡も来ません。これが普通なのでしょうか。(結局賞与もどうにかなってしまっているし……自業自得とはいえ、査定期間はがんばってたのに……)
繁忙期を迎えるという段になって長期的に休むのは完全にわたしが悪いと思うし、忙しいから連絡がないのかなとも思わなくもないですが、まあ、完全に冷えきっていたんだねわたしたちのカンケイ……とか言って。しかしこのまま、休職期間を終えて復職する気には到底なれません。ていうか無理じゃないかな。
そもそも、わたしの心が折れてきたのは、上司が社員切りしたい発言を繰返してきたからです。このままわたしが辞めれば、人件費カットで上司は万々歳、退職金もない職場だから上司は好都合、引き止められる理由もないですのですっきり辞められるでしょうね。(軽く言っていますが、とても悲しいです。わたしは、職場にとって何だったのでしょう。)

ということで、わたしはおそらく、2015年に無職になります。2年間で社会人脱落、わたしってダメ人間ですね……正直めっちゃくちゃ不安です。わたしはこのままどうなるんだろう。facebookで同級生がどんどん婚約、結婚していくのに、わたしは今から無職だなんて。毎日、不安で心がぎゅうぎゅう締め付けられます。
でも、将来について考えていることは一応あるので、勉強をしつつ、バイトで食い繋いでがんばって生き延びようと思います。親には頼れないので、これまで通り家には毎月お金を入れて、保険や年金を払って、というのは結構厳しいけれどそれも試練だわ。

そんなこんなで大晦日。年末ジャンボを買ってあるので、それさえ当たってくれれば心置きなく勉強に専念できるのだ……!

好きなものを最後までとっておくせいで牡蠣ばかりがぷりぷり残る味噌煮込

遠距離恋愛中の彼が名古屋に来てくれたのでデートをしました。本当は、新幹線の改札口で出てくる彼に駆け寄って、「会いたかったよう」ってぎゅーって抱きつこうと思っていたのに、わたしが逆に遅刻するというヘマをしたので無理でした。次回に持ち越しです。
わたしは人混みの中で相手を見つけるのが大の苦手です。スーパーでも親の姿を見つけられなくてうろうろします。ましてや三連休の名古屋駅は激混み、見つけられるわけがないけど、がんばって目を皿のようにして、と言いたいところ、目があまり良くないので目を細めながら彼の姿を探します。必死な私の視界に手を振ってやってくる彼の姿が映りました。次こそはわたしの方が先に見つけてやるんだっ。彼は人目を気にしながらも一瞬ぎゅってしてくれたので、わたしもぎゅぎゅっと返します。そしておはようと言って手を繋ぎます。彼に向かって手を伸ばす瞬間はいつも緊張します。握ってくれるとほっとするんだけどね。

今日のメインは大須の赤門明王殿(興国山 大光院)です。そこに行くまでに、大須商店街をぐるり。わたしが中高生の頃から詣っている白雪稲荷(萬松寺の一角にある)にも手を合わせまして、お仕事運をつけます。大須は名古屋のなかで、様々なジャンルの老若男女が集う、賑わいのある場所です。雰囲気だけでも知ってもらえてよかったかな。
パーツ店や中古オーディオ店、エロゲ店の並ぶ赤門通を真っ直ぐ通り抜けて(途中、車輌用と歩行者用それぞれ四方向ずつ、計八方向の信号がひとつにまとまっている信号機を見て彼は興奮していた)、明王殿へ。ここは、もとはというと、慶長八年(1603年)、松平忠吉公が清洲に建立したもので、後にこの地に移転されたのだとか。野村萬斎さんが主演の映画、「のぼうの城」の主人公、成田長親公の菩提寺だそうです。
手を合わせている彼の後ろ姿を見ながら、祀られている仏様についての但書を読んでいると、なんと、下(しも)の仏様ということです。昔は遊女もよくお参りしたそうで、婦人科系統の病気治癒の御利益があるんですって。思い当たる節があるわたしは急いで手と口を漱ぎ、お参りし、蠟燭と線香を上げました。彼はその間に御守を買っていたのですが、そこで、お寺の方が「旦那さん」フレーズを何度も出していることに気が付き、思わずどきっ。え? 彼が旦那さんなら、わたしは奥さんでよくって? とひとりで興奮しておりました。

お寺を出た後は、山本屋本店で味噌煮込みうどん。わたしは大好きですが、彼は初めてです。彼は名古屋コーチンのかしわ入り、わたしは牡蠣入り~。味噌煮込には白飯が欠かせません。わたしはお替わりしました。大食い恥ずかしい……けど食欲には忠実に生きることにしてるの!(だから痩せない)
そこから女子大小路あたりまでぶらぶらお散歩、あっという間に夜に。地味によく歩きました。最後にわたしの勤めているバーに寄って、ママに彼を紹介して、馴れ初めなんかを喋りながら、デュワーズ・ホワイトラベルをちびりちびりと。

帰りは名残惜しく、発車時刻までの数分間くっついてからお別れ。勇気を出してほっぺにキスをしました。また来てね。今度はあんスパ食べよう。(結局飯かよ)

ボンベイ・サファイア

3年程前(?)からのフォロワーさんである豆腐兄さんとサシ飲みをする。クラフト麦酒→日本酒→ウヰスキーと、がっつり3軒梯子。界隈の人とはこの数ヶ月距離をおいているし、誰かとがっつりお酒を飲むのは久し振りのこと、とても楽しかった。
プラトンとカントの話をし、わたしは仕事の愚痴を言い、なんとなく大学時代の話になって、ああ、ゼミでお世話になった教授に年賀状を出そうと思った。人は自分で意図せざるところで、誰かの恨みを買っているところは大いにあるが、逆に救いにもなり得るのだ。これまであまりよく関わったことがなく、更に二人で会うことのなかった豆腐兄さんをお誘いしたのも、彼がわたしのなかの救いになっていた人物だったからで、しかしそれには理由というものがあるわけではない。なんとなく、なんとなくで進んでいく心情はあるのだ。
現代文の試験では、登場人物の言動がさも、すべて理論付けられたものであるかのように、こじつけた解答をつくるが、作者はそこまで意図していない。尤も、こじつけた解答と言ったって、それは問題文として引っ張ってきた一部の文章だけで読み取れる、というか文章内に表れている部分を文字数通りに抜き出すだけの形式美であって、本当の解答にはなり得ない。現代文ができない人っていうのは、ある意味で真面目なのだと思う。

最後に連れて行ってもらったのは倫敦塔というバーで、階段を降りて行く時に、(あゝ、漱石……)と思った。わたしがウヰスキーで一等好きなボウモアを舐めながら、机の上で揺らめくキャンドルの灯を見ているうちに眠くなってきて、豆腐兄さんが「あ、0時過ぎてる」と仰有ってハッとし、慌ててタクシーに乗って帰った。タクシーに乗り込んだ後になって、今日のお会計を全てお任せしてしまったことに気がついて頭を抱えた。運転手に「この道を真っ直ぐお願いします」と言ったままうとうとし、気がついたら家を過ぎていてまた戻ってもらったりした。久々にだいぶ飲んだようであった。
豆腐兄さんは、多少酔って道が判らなくなることがあれど(笑)、傍目から見たら全く酔っているように見えないので素晴らしい。わたしもこんなふうにスマートに酔えるようにしたい。おそらく、日頃からの精神の鍛え方というか、自分の肉体と精神に気を配ることが大切なのだ。わたしは放っておくとどこまでもだらだらとした人間なので、酔うと声は大きくなるし、いつまでも笑ってしまう。何がそんなにおかしいのか、自分でもわからぬ。

ちゃんぽんをした&日本酒を飲んだ(わたしは日本酒は弱い)にも関わらず、普段通りに二日酔いはなく(今まで、典型的な二日酔いになったことはない)寧ろ、普段よりすっきりとした気持ちで出勤できたので、アルコールの力はすごい。いや、久々に楽しい気分で酔えたから良かったのだ。ひとりで飲んでいると、ついつい気が滅入ってどんどんマイナス思考に沈んでいくことが多々ある。そういうお酒はあんまり良くないし、そういうときに誰かに声をかけられるとふらふら~って、昔はよく、そうやって失敗をしたものだ。とにかく自暴自棄になっていて、どうにでもなーれ、と思って危ないところにも首を突っ込んだ。
しかしひとつだけ自分を讃えるとすれば、「酔った勢いで」性交渉に持ち「こまれた」ことはない。気になる人をほんのり酔わせて連絡先を訊いたことはあるけど(笑)そもそも、泥酔した状態でセックスして何が楽しいんだか。ベッドがあるのなら寝たいよ、普通に。

濱田龍臣くんみたいにセットしてもらったのに風が吹いたら彩芽剛力

最近、パソコンが重くて重くて多分寿命が近付いていて、たしかこれは買って4年経つのでまあそんなものだろう。重いPCでブログを書くのが結構しんどい。最近更新が滞りがちなのはそのせいでもあります。

今日は6日ぶりに仕事に行きました。と言っても、土日を挟んだからであって、仕事を休んだのは3日。金曜日に休んだのは仕方ないにせよ、月曜日に行ければよかったのだけど行けなくて、2日休んでしまうと次が行きにくくなって火曜日も休み、しかし3日休むと変に肝が据わるんですな、今朝になって漸く(仕事行くか……)という気になったのでした。どうにもダメ人間です。
因みに昨日はきちんと仕事に行こうと思ったんだ、思ってちゃんといつも通りに起きたし、定刻通りに家を出て電車にも乗ったんだけれども、化粧をする気力がなく、ボサボサの髪ですっぴんで死んだような表情をしている自分の顔がスマフォの画面に映って、ああ、社会不適合者の顔だと思って鬱々としてきたのでした。
そうして結局、職場の最寄り駅で降りられず、引き返そうと思いながらも身体が動かなくて、定時ギリギリになって、職場に欠勤の連絡を入れました。そして暫く考えた後、美容院に行って髪を切ってパーマをかけることに。美容院というところは本当に良い空間です。他人にシャンプーをしてもらう心地よさといったら。濡れ髪をオールバックにして、首が詰まったケープをさせられると、普段以上に自分の顔が醜く見えて嫌になりますが、美容師さんがブローをすると、普段以上に自分の顔が可愛くなるのです。まさに、可愛いは作れる、であります。そして、自分が可愛くなれば結局、自然と明るい表情しか作れなくなるし、前向きな気分になってくるのですわ。

そうして昨日は多少明るい心持ちで家に帰ったのですが、早速親に見咎められて、「仕事で遅くなったんじゃなかったの? 美容院行ってたの?」と言うので、(遅くなったのは仕事のせいだけど……)と思いながら、酔っていた(うえに酷く眠かった)こともあって「髪型なんか変えてないし」と言って床に就いたのですが、親がそれで納得するわけもなく、今日になってもしつこく訊いてきたので観念して「仕事にどうしても行けなかったから、半日休んで『びょういんに行く』と言って、びよういんに行った」と申告しました。仕事をサボったことを言いたくなかったのですが、致し方ありません。
今日に至るまでにも親には、仕事を辞めたい転職を考えたいと訴えていたので、そこまで驚かれはしませんでしたが、「行けない」という事実があることには、少し考えこんだようでした。結局、「そういう状況があまり続くようなら本当に辞めた方がいいわ」と言われました。わたしは、そういう状況が既にあまりにも続いているわけなのですが、それは親には伏せておきました。8月に思いつめて精神科に行って、「自立神経失調症」の名目で休職を求める診断書を書いてもらった(結局は提出しなかったけど)ことも、言わずにおきました。親に、あまり自分の心が弱いことを知られても良い結果には繋がらないと思ったからです。というか、中高生の頃にわたしは、親に無理やり心療内科に連れて行かれたことがあり、その際、親に酷いことを言われたので、到底理解される見込みはないと踏んでいるのです。

今日は仕事に行けたし、溜まった業務もそんなになく、上司からも何も言われなかった(既にわたしに対して諦めているのでしょう)ので、またどうしてもしんどくなるまではがんばって行こうと思えてきました。どうせわたしの首が切られるのもそんなに遠くない将来のはずです。早く失業保険を貰ってぐだーっとしたいです。

飛び方がわからない、毒親育ちの鳥。

この一週間、身体もこころも限界が近くて、結局金曜日は仕事を休んでしまいました。
職場で、わたしはもう要らない人間なんだなって。本当は正社員を切って、一人(+非正規雇用)だけでやっていきたいんだなって思わせる上司の発言が多くて、わたしのモチベーションは底辺です。夏の賞与のときは、納期にギリギリだったことが1、2度あって(ギリギリなだけで遅れてはいない)それを理由にして、規定の賞与の半額しか貰えなかったので、冬はそのようなことがないようにがんばってきたつもりだったけど、理屈に合わない理屈を言われて(多分本当の理由は経営不振)、おそらく今回も半分しか貰えません。わたしは、おそらく同年代の大卒正社員女性の中では少ない方の給料だと思いますが、月給の半分以上を家に入れており、残ったものを自分の医療費、交際費、被服費にあて、それから貯金もしなければならないんであって、賞与の減額はダメージがかなり大きいのです。
家に給料の半分を入れていると言うと、「親御さんがきちんと貯金してくれているわよ」と言われるけれど、うちの親は「私(親)が気に入らない人と結婚したら一切返さない」と宣言しています。そもそも、わたしの親は別段働かなくても一生を過ごしていけるだけの財産はあるだろうに、お金はいくらあっても足りないと言います。卑しいです。
正直、家に生活費と称してお金を入れるくらいなら、多少貧しくても家から出て一人暮らししたほうが、精神衛生的には良いと思うのだけれど、親はそれを許しません。「今入れている生活費を家に入れてなお、自分でやっていけるのなら家を出て行けば良い」と言います。今の仕事だけでそんなことができるわけがないのに。というか、それではわたしは何のためにお金を入れているのだ。他人の生活費か。
うちの親は、自分の子どもにそう言っておいて、ワープアの彼氏には数百万貸しているんです。あり得ない。本当にあり得ない。

わたしは、いつか必ず、家を出ていきます。暫く親とは無縁の生活をしたいと思っています。けれど、そう言いながら親と離れられない毒親育ちの子の何と多いことか。
わたしは、自分が家を出るきっかけを結婚に託しているつもりだったけど、もはや自分が結婚できるのかも判らないし、誰でも、そんな面倒な親を持つ子どもと結婚したいとは思わないだろうし、どうせ白馬の王子さまは迎えになんか来ないのです。
大学時代に付き合っていた彼は、「どうしてもダメになったときはうちに来ればいい、結婚するんだから」と言ってくれていたけど、わたしが二十歳の頃、親に理不尽な暴力を振るわれた夜、皆が寝静まった頃に荷物をまとめて彼に「家を出る」と泣きながら連絡をしたら、冷静になれと止められたのでした。そのときのわたしの絶望たるや。いや、結局は別れたわけだし、わたし自身、大学をきちんと卒業できたのだから、家を出なくて正解だったけれども、その頃のわたしにとっての希望は彼しかなく、また、彼のご両親がとてもよくしてくださっていたので、本当に何とかして貰えるのではないかと思っていたのです。

結局、他人が自分の人生をそこまでの責任を持って引き受けてくれることなんてないのです。どうにか、自力で逃げ出さなければ誰も助けてくれません。子供の頃は、大人になれば逃げ出すことが簡単になると思っていました。大人になれば、お金も時間も自分の思い通りになって、権力からも逃げ出せるようになって、だからきっと大人になるまで生き延びなければならない。何度殺されかけようが実際に殺されてはいけないし、どんなに憎悪がこみ上げようが目の前の敵を殺してもいけない。
わたしはきちんと大人になって、しあわせになるんだってそう思って生きてきたのに、結局、大人になった今でも、わたしは籠の鳥です。

山崎18年

今日はバー出勤日。
毎週火・金曜日の19時から22時(偶に23時迄います)の勤務に決まりました。良かったらいらしてね(笑)

そんな今日は、わたくし目当てのお客さまが初めていらっしゃいました。うれしいことです。
その方は嘗て学校の先生をされていた方で、昔の教え子である女性を連れて来てくださいましたの。卒業してから20年近く、一緒に飲みに行くだけの関係が続いているというお二人のお話を伺っていて、とても羨ましかった。先生の方はもう結構なお歳ですが、遊び慣れている方なので、すぐ女性を口説きはるし、わたしも冗談半分に口説かれましたし、その女性に対しても下心が全然なかった訳ではないようなのですが(笑)、それでも一線を超えなかったから良い(酔い?)関係が続いているんでしょうねえ。

実はわたしにも、こうやって一緒にしっとりお酒を呑めたらなあ、という恩師がいるのです。高校時代の部活の顧問の先生で、既に定年退職されている男性ですが、高校時代にとっても好きで好きで。卒業して暫くは、OG会で何度か先生を交えて飲みに行ったこともあったのですが、ここ数年は全くお会いしておりません。年賀状の遣り取りだけになってしまったなあ。
その先生は部員以外の生徒からもかなり人気があって、女子校のなかでの萌えキャラ的な、枯れ専マスコット的な扱いを受けていた可愛らしいおじいちゃんのような先生です。白衣とクラシックギターがようお似合いで、いつも煙草と加齢臭のようなにおいを漂わせていて、でもそれが不思議と臭くないっていう。(いつも後ろから抱きついてくんくんかいでいました。)何度か先生の白衣を着たことがあります(笑) 先生の湯のみで梅昆布茶を飲んだこともあるし、OG会では彼が吸った煙草の吸いさしを咥えてみたことも。あ、こっそりではなく、本人の目の前でです(だからいいってもんじゃない)。
現役時代の合宿では、1年の頃から、先生のお茶碗にご飯をつけるのはわたしの役割だったし、おかわりの時も「おーい、飯野」とわたしを呼び寄せるので、「はいはい、どのくらいになさいますか、大盛? 小盛? 普通?」なーんて訊いたものです。
部活ではいつもおちゃらけたキャラクターで宴会部長(かつ相談受付係)を名乗っていたわたしですが、部員同士の軋轢について一人で悩んでいたとき、「飯野は不真面目な振りをして、皆の調整役を買って出ているのは判っている。ただ、一人で抱え込むのは良くない」と先生が仰有って、じーんと来たり。先生こそ、いつもは部活に出ないでお金だけ払ってくれて、たまにひょっこり顔を出しては部員にいじられてるだけなのに、ちゃんと見てくれているんじゃないの……って思ったんですよね。

目の前のお客さまお二人の関係を見ていて、先生のことを思い出してね。
先生に好きです好きですと言っていた高校時代のわたしに、下心が全くなかった訳ではないけど(寧ろ、「初めて」は先生がいいって本気で思っていたけど)、今ならそういうことを抜きにして先生と飲めるかなあ、って思います。
うああ、でもね、お誘いする勇気が出ないのです、ってお客さまにお話ししたら、「いいじゃない、きっと先生も喜ばれるよ」って言って頂けたので、そのうちに一度お誘いしてみようかしら。

センセイの鞄 (文春文庫)

センセイの鞄 (文春文庫)

 

 これを読むとき、センセイについ重ねあわせてしまうのが、その先生なのです。

贅沢筆記具

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そうそう、新しい萬年筆が届いたのです。取り寄せてからひと月かかった……

プラチナ#3776センチュリー。3776シリーズの3776とは、日本最高峰の品質を、という意味で富士山の標高からとられたのだとか。
更に今までのシリーズからボディ等を一新、スリップシール機構が採用されていて、完全気密によってインクが乾かないようになっているの。萬年筆は、暫く使われていないとインクがどんどん減ってしまいますものね。

そして、今回わたしが選んだのはミュージック・ニブ。もともとは楽譜を書くためにつくられたペン先です。画像を見ればわかるかな、縦の線が太く、横の線が細く書けるようなカタチになっています。
普通の萬年筆は、ペン先のスリットが1本ですが、このミュージックはスリットが2本。インクがかすれることなく、寧ろ出過ぎなんじゃない、と思ってしまうくらいするするっと書けます。適度に弾力もあって、萬年筆としてのあのカリカリと紙に引っかかる感じがあまり感じられないので(ペン先が平べったい為に、紙に接する面積が大きいのが原因かな?)、書きやすい反面、物足りないひともいるかもしれません。
あと、結構太字なので、普段書類を書くにはあまり適さないかも……でも、御手紙や、年賀状の宛名書きなんかにはとっても良さそうです。

そう、年賀状。もうすぐとりかからなければならないシーズンですね。殆どの同級生に対してはもう、敢えて葉書を出さずにメールやネットで済ませてしまいますが、恩師や遠方の方、また連絡先が住所しかわからない旧友に対してはまだまだ年賀状を書いています。あとは、ネットで知り合ったひとに敢えてアナログの体で出すことも。
今年は折角なので、この新しい萬年筆で書こうと思いまして、インクも新しく買いました。セーラーの極黒と青墨

インクには水性と油性がありますが、萬年筆のインクは全て水性です。水性の中でも、染料系と顔料系があります。(染料系の中に没食子インクというのもありますが今回は飛ばします。)種類が多いのは染料系。綺麗な色がたくさんあります。が、水に流れやすく、光による退色もあります。その欠点を補うのが顔料系。カーボンインクとも呼ばれます。これは日本だとプラチナからしか出てないのかな……長期保管には適していますが、乾くと目詰りが起こりやすく、最悪ペン先がダメになるので、メンテナンスに気を遣わなければなりません。考えながら手紙を書いていると、そのうちにペン先が乾いてインクフローが悪くなる、なんてことも。
セーラーから出ている「極黒」(ブラック)「青墨」(ブルーブラック)は、顔料系インクではありますが、非常に小さな粒子が使われており、目詰りの危険を少なくしているのね。カーボンよりソフトな分、水に多少流れますが、こすっても文字が判別できなくなることはありません。でも、ペン先を乾燥させると洗浄が大変になるのは変わらないので、スリップシール機構がついているこの萬年筆との相性は悪くないはず。まあ言うまでもなく、普段からよく使うこと、使わない時はインクを抜いておくことは大切ですね。

というわけで、長々と語ってしまいましたが、本当に良い買い物をした……実はこれは自分への誕生日プレゼントでした(笑) 亡くなった祖父はモンブラン派でしたので、わたしがパーカーとプラチナ持ってるなんて言ったらブツブツ文句言われるかなあ、ははは。でもいつかデュオフォールドが欲しいです。